スタートアップの成長フェーズや資金調達はいくつかの段階を踏んで進められます。今回はその中で事業が軌道に乗り始めて、黒字化のめどが着きつつある段階を意味するシリーズAにおける資金調達について紹介。事業の基盤が整いつつあるスタートアップ経営者は、自社の資金調達方法を検討するうえで、ぜひ参考にしてください。
シリーズAと資金調達フェーズの位置付け
シリーズAとはスタートアップの資金調達ラウンドの一つ。スタートアップの成長過程は4つの成長フェーズと6つの資金調達ラウンドに分けられ、シリーズAはアーリー期の資金調達手法にあたります。まずは、成長フェーズと資金調達ラウンド、そしてその中でのシリーズAの位置付けを整理しましょう。
各資金調達フェーズの特徴
スタートアップの資金調達は、大きく分けて4つのフェーズ、6つのラウンドに分けられます。
シード期
起業前の段階。今後行う事業について検証や準備をおこなっている段階です。資金調達ラウンドは「エンジェルラウンド」「シードラウンド」があります。
エンジェルラウンドはビジネスの漠然としたアイデアのみがある段階。ビジネスとして有望か検証したりテストしたりするための初期的な資金調達を目的とします。シードラウンドはもう少しビジネスの方向性がつきつつある段階。いずれもまだ継続的な事業として成立するかは不確実なため、調達額は数百万円~数千万円程度です。
アーリー期
事業として運営が始まるとアーリー期に突入。今回の主題であるシリーズAやシリーズBはこのフェーズの資金調達ラウンドとなります。シリーズAは赤字だが今後黒字の可能性が見えつつある段階。シリーズBは黒字化が現実的となり、マーケティングや規模拡大に舵を切る段階で実施するものです。調達規模は少々大きくなり、数千万円~数億円程度です。
ミドル期
黒字が安定的に計上できるようになり、更なる規模拡大を本格的に進める段階がミドル期。調達ラウンドはシリーズCとなります。
この頃になると将来イグジットをM&Aで売却するのか、IPOで株式公開を目指すかなど、イグジットの方向性を意識し始める時期でもあります。このあたりになると事業規模により調達金額は変わってきますが、最大数十億円規模で調達するケースもあります。
レイター期
最後の資金調達がラウンドDになりますが、シリーズDという表現はしないケースもあります。レイター期はIPOやM&Aを実行に移す時期。IPOの時にはあわせて新株を発行して資金調達するケースが多く、IPOがある意味シリーズDの資金調達の一環となります。
M&Aで事業売却をする場合はそもそもシリーズDの資金調達が発生しないケースもあるでしょう。この時期の調達額はおおむね数十億円規模になるのが一般的です。
シリーズAはアーリー期の資金調達にあたる
シリーズAはアーリー期の資金調達ラウンドを意味します。アーリー期とは、製品・サービスの販売を本格的に開始し、今後の規模拡大の道筋が立ち始めている段階を意味します。
また「PMFが成立しつつある状況」という表現をすることも。このPMFとはProduct Market Fitの略で「製品が市場にフィットしている状態」ということです。さらに言い換えれば「製品が市場に付加価値をもたらし、収益性が期待できる状態」となります。
事業を軌道に乗せる目処は立ち、起業初期の赤字解消の道筋が見え始めている一方で、安定的な黒字経営はもう少し先、という段階になります。調達金額は事業の確実性や規模にもよりますが、数千万円~5億円程度となるケースが多いです。
シリーズAの資金調達手法と投資家
シリーズAの資金調達手法は、大きくエクイティファイナンス、デットファイナンス、ファクタリングによる現金化に分けられます。
エクイティファイナンス(株式)
シリーズAの段階でメインの資金調達手法は株式による調達となるケースが多いです。中でも普通株式ではなく、種類株式を使用して、将来増えるであろう一般投資家と条件を分けるケースが多いです。
種類株式で付与される傾向にある条件の例
- 配当の優先・劣後権
- 残余財産の分配額や分配順序の優先・劣後権
- 議決権の制限
- 譲渡制限
- 役員選任権
シリーズAにおけるエクイティファイナンスの主な投資家はベンチャーキャピタルや、コーポレートベンチャーキャピタルです。どちらも有望なベンチャー企業に出資し、成長をサポートしながら、最終的にはIPOやM&Aを通じて収益実現を目指すファンド。ただし、コーポレートベンチャーキャピタルは増加しつつあるファンド形式で、事業会社が自己資金を基にファンドを組成して、支援を行うものです。
また、近年は株式型クラウドファンディングとして、個人投資家が小口化された未公開株式の所有権を購入するスキームも出始めています。やはりIPOやM&Aによるエグジットを期待して投資を行うものですが、まだ新しい資金調達手法であるため、エグジットに至った事例が少ない状況です。同スキームで資金調達したスタートアップがエグジットする事例が増えてくれば、こちらの資金調達手法の普及が進むと期待されます。
デットファイナンス(負債)
負債調達を本格的に検討し始めるのはシリーズAラウンドのあたりからとなる企業が多い傾向に。負債調達は「返済の確実性」が重視されるため、ある程度事業が軌道に乗り始めてからでなければ実現が難しいといえます。
シリーズAラウンドの時点では、まだ継続的な黒字計上が実現したわけではないので、銀行などの民間の金融機関から資金調達するのは困難。しかし、中小企業の支援を事業の一つとしている日本政策金融公庫については、スタートアップへの貸し出しを積極的に行っており、シリーズAラウンドのあたりから、資金調達先の選択肢となるでしょう。
同行では「新創業融資制度」という仕組みがあり、実績の少ないスタートアップへの融資を受付。次の3つの貸出制度があります。
- 固定金利型貸付:新事業資金を長期・固定金利で調達可能
- 新株予約権付融資:新株予約権を発行し、無担保で資金調達。IPOを視野に入れている企業向け
- 新事業型資本性ローン(挑戦支援資本強化特例制度):新事業に取り組むための財務体質強化や返済負担の軽減に
また、デットの方でもソーシャルレンディングという形式で多数の個人投資家から小口の資金を集める手法があります。1口が少額という特性はありますが、借入期間中は利息を支払い、期限が来たら返済するのは通常の借入と変わりません。
ファクタリング
近年新たな資金調達手法として普及しつつあるのがファクタリング。ファクタリングとは、保有している売掛債権(請求書など)をファクタリング会社に譲渡することで、売掛債権の額面から手数料を引いた金額を受け取るものです。従って資金の出し手はファクタリング会社となります。
ファクタリングはデットファイナンスでもエクイティファイナンスでもありません。バランスシート上は売掛金が減少するため、バランスシートのスリム化(オフバランス)につながります。
3つの資金調達手法の比較
ここまで紹介した資金調達手法についてメリット・デメリットを比較すると次の表のとおりとなります。
メリット | デメリット | |
---|---|---|
エクイティ | 資金の出し手の候補は多い 返済の必要がない |
経営の自由度が下がる 経営権を握られるリスクがある 優先権の付与を要求されるケースがある |
デット | 経営の自由度は維持できる 金融機関の開拓につながる |
シリーズA時点では資金の出し手が限られている 利払い・返済が必要 資金調達に時間がかかる |
ファクタリング | バランスシートをスリム化する 返済の必要がなく、経営の自由度も維持できる 迅速に資金調達できる |
売掛債権がなければ実行できない 手数料が高い場合がある 資金繰りに困っているイメージを持たれるリスク |
エクイティファイナンスでは多くのベンチャーキャピタルと資金調達の交渉ができるため、潜在的な資金の出し手はおおいといえます。また、エクイティ調達では資本が増強され、返済の必要がなくなるのがメリットです。
一方で、経営者以外が多くの資本を持つと、徐々に経営の自由度が下がります。過半数を他人に握られると、経営権が実質的に移ってしまうリスクがあるので注意しましょう。また、種類株式の条項の中で配当や残余財産の優先配分権など、投資家にとって有利である一方、経営者にとっては足かせとなる権利の付与を要求される可能性もあります。
デットファイナンスでは経営の自由権が奪われる心配はありません。また、借入を通じて金融機関の開拓を進めることも可能。収益の道筋がつけば、徐々に金融機関の幅は広がってくるでしょう。
但し、シリーズAの当初は、日本政策金融公庫のみが、金融機関からの借入という意味では現実的な選択肢となります。エクイティのように選択肢の幅はありません。また、借入では利払いと返済が欠かせない点も、まだ資金余力に乏しいこの段階ではネックに。最後に、審査などの対応で、実際に調達するまで時間がかかるのも、デットのデメリットといえるでしょう。
最後にファクタリングは、返済の必要もなく、経営の自由度も維持できます。さらにバランスシートがスリム化し、ROA(総資本に対する利益率)などの指標でみたときの経営効率もアップします。また、最短で即日など、スピーディに調達ができるのも強みです。
最大のネックは、何より売掛債権がなければ選択の余地がない調達手法であること。安易に現金化を進めてしまうと、本当に現金が必要な時にファクタリングという手段が取れなくなるので注意が必要です。
また、ファクタリングの手法にもよりますが、2社間ファクタリングでは手数料が債権の額面の10%を超える場合も。売掛債権は相手に貸し倒れなどの問題が発生しない限り、期日になれば現金になるので、それが額面の10%以上削られるというのは、資金に余力のないアーリーフェーズの企業にとってはネックとなるでしょう。
それぞれの特性を理解して事業拡大期の資金調達を効率的に進めよう
シリーズAは事業のPMFの道筋がつき、黒字化に向けて事業経営を進めているアーリー期の資金調達ラウンドです。ベンチャーキャピタルによるエクイティファイナンスのイメージが強いですが、デットファイナンスやファクタリングといった手段もあります。
いたずらに他人保有の株式の比率を高めないように、それぞれの調達手段の特性を理解して、効率的に資金調達を進めましょう。